会場:グローマンズ・チャイニーズ・シアター
司会:ジャック・ベニー
1944年3月2日。世界は依然として戦火に包まれていた。しかし、ハリウッドのグローマンズ・チャイニーズ・シアターでは、その喧騒を離れ、映画の祭典、第16回アカデミー賞授賞式が厳かに執り行われた。華美な演出は控えられ、時代の空気を反映した静謐な式典となった。
この年のアカデミー賞で最も輝きを放ったのは、『カサブランカ』だ。マイケル・カーティス監督が手がけたこの作品は、作品賞、監督賞、脚色賞の3冠を達成。戦火を逃れた人々が集うモロッコのカサブランカを舞台に、愛と犠牲、そして希望を描き、映画史に燦然と輝く金字塔となった。ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンの忘れがたい名演、そして「君の瞳に乾杯」をはじめとする数々の名台詞は、今もなお人々の心を捉えて離さない。
作品賞の候補には、『カサブランカ』以外にも、力強い作品が名を連ねていた。スペイン内戦の悲劇を描いた『誰が為に鐘は鳴る』、死後の世界をユーモラスに描いた『天国は待ってくれる』、小さな町の日常を温かく描いた『町の人気者』、そして戦争の残酷さを告発する『軍旗の下に』。それぞれの作品が、時代を反映したテーマを扱い、映画の多様性を示していた。
主演男優賞は、『ラインの監視』でレジスタンス活動家を演じたポール・ルーカスが受賞。ナチス占領下のフランスを舞台に、人間の尊厳と自由のために戦う男の姿を、抑制の効いた演技で体現した。
主演女優賞には、『聖処女』で聖女ベルナデッタを演じたジェニファー・ジョーンズが選ばれた。敬虔なカトリック教徒の少女が聖母マリアの姿を目撃し、奇跡を起こすという神秘的な物語を、ジョーンズは純粋さと力強さを併せ持つ演技で表現し、観る者を魅了した。
助演男優賞は、『陽気なルームメイト』で温厚な老人を演じたチャールズ・コバーンが、助演女優賞は、『誰が為に鐘は鳴る』でスペインの農婦を演じたカティーナ・パクシヌーが受賞。ハリウッドデビュー作となったパクシヌーは、戦争で夫を亡くした女性の悲しみと強さを、迫真の演技で表現し、深い印象を残した。
第16回アカデミー賞は、世界が戦争の影に覆われる中で開催された。しかし、映画は人々に夢と希望を与え、生きる力を与え続けた。困難な時代にあっても、映画人たちは優れた作品を生み出し、後世に伝えるべきメッセージを紡ぎ出した。その精神は、今日の映画界にも脈々と受け継がれている。
作品賞
◎『カサブランカ』
『誰が為に鐘は鳴る』
『天国は待ってくれる』
『町の人気者』
『軍旗の下に』
『キュリー夫人』
『The More the Merrier』
『牛泥棒』
『聖処女』
『ラインの監視』
監督賞
◎マイケル・カーティス –『カサブランカ』
ジョージ・スティーヴンス –『The More the Merrier』
エルンスト・ルビッチ –『天国は待ってくれる』
ヘンリー・キング –『聖処女』
クラレンス・ブラウン –『町の人気者』
主演男優賞
◎ポール・ルーカス –『ラインの監視』
ハンフリー・ボガート –『カサブランカ』
ゲイリー・クーパー –『誰が為に鐘は鳴る』
ウォルター・ピジョン –『キュリー夫人』
ミッキー・ルーニー –『町の人気者』
主演女優賞
◎ジェニファー・ジョーンズ –『聖処女』
イングリッド・バーグマン –『誰が為に鐘は鳴る』
ジーン・アーサー –『The More the Merrier』
ジョーン・フォンテイン –『永遠の処女』
グリア・ガースン –『キュリー夫人』
助演男優賞
◎チャールズ・コバーン –『The More The Merrier』
エイキム・タミロフ –『誰が為に鐘は鳴る』
クロード・レインズ –『カサブランカ』
チャールズ・ビックフォード –『聖処女』
J・キャロル・ネイシュ –『サハラ戦車隊』
助演女優賞
◎カティーナ・パクシヌー –『誰が為に鐘は鳴る』
ルシル・ワトソン –『ラインの監視』
ポーレット・ゴダード –『So Proudly We Hail!』
グラディス・クーパー –『聖処女』
アン・リヴィア –『聖処女』
脚本賞
◎ノーマン・クラスナー –『カナリヤ姫』
ノエル・カワード –『軍旗の下に』
リリアン・ヘルマン –『電撃作戦』
ダドリー・ニコルズ –『空軍/エア・フォース』
アラン・スコット –『So Proudly We Hail!』
脚色賞
◎ジュリアス・J・エプスタイン、フィリップ・G・エプスタイン、ハワード・コッチ –『カサブランカ』
リリアン・ヘルマン、ダシール・ハメット –『ラインの監視』
ナナリー・ジョンソン –『浮世はなれて』
リチャード・フローノイ、ルイス・R・フォスター、フランク・ロス、ロバート・ラッセル –『The More the Merrier』
ジョージ・シートン –『聖処女』
原案賞
◎ウィリアム・サローヤン –『町の人気者』
ゴードン・マクドネル –『疑惑の影』
フランク・ロス、ロバート・ラッセル –『The More the Merrier』
スティーヴ・フィッシャー –『Destination Tokyo』
カイ・キルパトリック –『北大西洋』
長編ドキュメンタリー映画賞
◎『Desert Victory』
『Baptism of Fire』
『The Battle of Russia』
『Report from the Aleutians』
『War Department Report』
『For God and Country』
『The Silent Village』
『We’ve Come a Long Way』
短編ドキュメンタリー映画賞
◎『真珠湾攻撃』
『Children of Mars』
『Plan for Destruction』
『Swedes in America』
『To the People of the United States』
『Tomorrow We Fly』
『Youth in Crisis』
短編アニメ賞
◎『勝利は我に』
『The Dizzy Acrobat』
『The 500 Hats of Bartholomew Cubbins』
『Greetings, Bait!』
『Imagination』
『Reason and Emotion』
短編実写映画賞(一巻)
◎『Amphibious Fighters』– グラントランド・ライス
『Cavalcade of Dance With Veloz and Yolanda』– ゴードン・ホリングスヘッド
『Champions Carry On』– エドマンド・リーク
『Hollywood in Uniform』– ラルフ・ストウブ
『Seeing Hands』– ピート・スミス
短編実写映画賞(二巻)
◎『Heavenly Music』– ジェリー・ブレスラー、サム・コスロウ
『Letter to a Hero』– フレデリック・ウルマン・Jr
『Mardi Gras』– ウォルター・マックイーウェン
『Women at War』– ゴードン・ホリングスヘッド
ドラマ音楽賞
◎アルフレッド・ニューマン –『聖処女』
C・バカライニコフ、ロイ・ウェッブ –『黒い足音』
フィル・ボーティジュ –『Hi Diddle Diddle』
ジェラード・カーボナラ –『硝煙のカンサス』
アーロン・コープランド –『電撃作戦』
ハンス・アイスラー –『死刑執行人もまた死す』
ルイス・グルーエンバーグ、モリス・W・ストロフ –『Commandos Strike at Dawn』
リー・ハーライン –『キャグニイの新聞記者』
アーサー・ラング –『Lady of Burlesque』
エドワード・H・プラム、ポール・J・スミス、オリバー・ウォレス –『空軍力の勝利』
ハンス・サルター、フランク・スキナー –『海を渡る唄』
ウォルター・シャーフ –『硝煙の新天地』
マックス・スタイナー –『カサブランカ』
ハーバート・ストサート –『キュリー夫人』
ディミトリ・ティオムキン –『月と六ペンス』
ヴィクター・ヤング –『誰が為に鐘は鳴る』
ミュージカル音楽賞
◎レイ・ハインドーフ –『ロナルド・レーガンの陸軍中尉』
ロバート・エメット・ドーラン –『Star Spangled Rhythm』
リー・ハーライン –『青空に踊る』
アルフレッド・ニューマン –『Coney Island』
エドワード・H・プラム、ポール・J・スミス、チャールズ・ウォルコット –『ラテン・アメリカの旅』
フレデリック・E・リッチ –『ステージドア・キャンティーン』
ウォルター・シャーフ –『Hit Parade of 1943』
モリス・W・ストロフ –『Something to Shout About』
ハーバート・ストサート –『Thousands Cheer』
エドワード・ワード –『オペラの怪人』
歌曲賞
◎「You’ll Never Know(『Hello, Frisco, Hello』)」– ハリー・ウォーレン(作曲)、マック・ゴードン(作詞)
「That Old Black Magic(『Star Spangled Rhythm』)」– ハロルド・アーレン(作曲)、ジョニー・マーサー(作詞)
「A Change of Heart(『Hit Parade of 1943』)」– ジュール・スタイン(作曲)、ハロルド・アダムソン(作詞)
「Happiness is a Thing Called Joe(『キャビン イン ザ スカイ』」– ハロルド・アーレン(作曲)、E・Y・ハーバーグ(作詞)
「My Shining Hour(『青空に踊る』)」– ハロルド・アーレン(作曲)、ジョニー・マーサー(作詞)
「Saludos Amigos(『ラテン・アメリカの旅』)」– チャールズ・ウォルコット(作曲)、ネッド・ワシントン(作詞)
「Say a Pray’r for the Boys Over There(『Hers to Hold』)」– ジミー・マクヒュー(作曲)、ハーブ・マジッドソン(作詞)
「They’re Either Too Young or Too Old(『Thank Your Lucky Stars』)」– アーサー・シュワルツ(作曲)、フランク・レッサー(作詞)
「We Mustn’t Say Goodbye(『ステージドア・キャンティーン』)」– ジェームズ・モナコ(作曲)、アル・デュビン(作詞)
「You’d Be So Nice to Come Home To(『Something to Shout About』)」– コール・ポーター(作曲・作詞)
録音賞
◎RKOラジオ・スタジオ・サウンド部 –『This Land Is Mine』
コロンビア・スタジオ・サウンド部 –『サハラ戦車隊』
メトロ・ゴールドウィン・メイヤー・サウンド部 –『キュリー夫人』
パラマウント・スタジオ・サウンド部 –『Riding High』
RCAサウンド –『So This Is Washington』
リパブリック・スタジオ・サウンド部 –『硝煙の新天地』
サミュエル・ゴールドウィン・スタジオ・サウンド部 –『電撃作戦』
サウンド・サービス –『死刑執行人もまた死す』
20世紀フォックス・スタジオ・サウンド部 –『聖処女』
ユニバーサル・スタジオ・サウンド部 –『オペラの怪人』
ウォルト・ディズニー・スタジオ・サウンド部 –『ラテン・アメリカの旅』
ワーナー・ブラザース・サウンド部 –『ロナルド・レーガンの陸軍中尉』
美術監督賞(白黒)
◎ジェームズ・バセヴィ(美術)、ウィリアム・S・ダーリング(美術)、トーマス・リトル(装置) –『聖処女』
アルバート・S・ディアゴスティーノ(美術)、キャロル・クラーク(美術)、レル・シルヴェラ(装置)、ハーレー・ミラー(装置) –『高度20,000フィート』
ハンス・ドライヤー、エルンスト・フェジッテ、バートラム・グレンジャー(装置) –『熱砂の秘密』
ペリー・ファーガソン(美術)、ハワード・ブリストル(装置) –『電撃作戦』
セドリック・ギボンズ(美術)、ポール・グロッシー(美術)、エドウィン・B・ウィリス(装置)、ヒュー・ハント(装置) –『キュリー夫人』
カール・ウエイル(美術)、ジョージ・J・ホプキンス(装置) –『Mission to Moscow』
美術監督賞(カラー)
◎アレクサンダー・ゴリッツェン(美術)、ジョン・B・グッドマン(美術)、ラッセル・A・ガウスマン(装置)、アイラ・S・ウェッブ(装置) –『オペラの怪人』
ジェームズ・バセヴィ(美術)、ジョセフ・C・ライト(美術)、トーマス・リトル(装置) –『The Gang’s All Here』
ハンス・ドライヤー(美術)、ハルデイン・ダグラス(美術)、バートラム・グレンジャー(装置) –『誰が為に鐘は鳴る』
セドリック・ギボンズ(美術)、ダニエル・B・キャスカート(美術)、エドウィン・B・ウィリス(装置)、ジャック・マルソー(装置) –『Thousands Cheer』
ジョン・ヒューズ(美術)、ジョン・コーニッグ(美術)、ジョージ・ジェームズ・ホプキンス(装置) –『ロナルド・レーガンの陸軍中尉』
撮影賞(白黒)
◎アーサー・C・ミラー –『聖処女』
アーサー・エディソン –『カサブランカ』
トニー・ゴーディオ –『駆潜艇K-225』
ジェームズ・ウォン・ハウ –『電撃作戦』
ジェームズ・ウォン・ハウ、エルマー・ダイヤー、チャールズ・マーシャル –『空軍/エア・フォース』
チャールズ・ラング –『So Proudly We Hail!』
ルドルフ・マテ –『サハラ戦車隊』
ジョセフ・ルッテンバーグ –『キュリー夫人』
ジョン・サイツ –『熱砂の秘密』
ハリー・ストラドリング –『町の人気者』
◎アーサー・C・ミラー –『聖処女』
アーサー・エディソン –『カサブランカ』
トニー・ゴーディオ –『駆潜艇K-225』
ジェームズ・ウォン・ハウ –『電撃作戦』
ジェームズ・ウォン・ハウ、エルマー・ダイヤー、チャールズ・マーシャル –『空軍/エア・フォース』
チャールズ・ラング –『So Proudly We Hail!』
ルドルフ・マテ –『サハラ戦車隊』
ジョセフ・ルッテンバーグ –『キュリー夫人』
ジョン・サイツ –『熱砂の秘密』
ハリー・ストラドリング –『町の人気者』
撮影賞(カラー)
◎ハル・モーア、W・ハワード・グリーン –『オペラの怪人』
チャールズ・G・クラーク、アレン・M・デイヴィ –『Hello, Frisco, Hello』
エドワード・クロンジャガー –『天国は待ってくれる』
ジョージ・フォルシー –『Thousands Cheer』
レイ・レナハン –『誰が為に鐘は鳴る』
レナード・スミス –『Lassie Come Home』
編集賞
◎ジョージ・アーミー –『空軍/エア・フォース』
ドーン・ハリソン –『熱砂の秘密』
オーウェン・マークス –『カサブランカ』
バーバラ・マクリーン –『聖処女』
シャーマン・トッド、ジョン・リンク –『誰が為に鐘は鳴る』
特殊効果賞
◎フレッド・サーセン(撮影)、ロジャー・ヒーマン(音響) –『潜航決戦隊』
ファーシオット・エドワード(撮影)、ゴードン・ジェニングス(撮影)、ジョージ・ダットン(音響) –『So Proudly We Hail!』
A・アーノルド・ギレスピー(撮影)、ドナルド・ジャーラス(撮影)、マイケル・ステイノア(音響) –『Stand By for Action』
ハンス・キーネカンプ(撮影)、レックス・ウィムピー(撮影)、ネイサン・レヴィンソン(音響) –『空軍/エア・フォース』
クラレンス・スリファー(撮影)、レイ・ビンガー(撮影)、トーマス・T・モールトン(音響) –『電撃作戦』
ヴァーノン・L・ウォーカー(撮影)、ジェームズ・G・スチュワート(音響)、ロイ・グランヴィル(音響) –『ボンバー・ライダー/世紀のトップ・ガン』
アカデミー特別賞
ジョージ・パル
アービング・G・タルバーグ賞
ハル・B・ウォリス