会場:ビルトモア・ホテル
司会:ボブ・ホープ
1942年2月26日。世界は第2次世界大戦の戦火に飲み込まれ、人々の心には暗い影が落ちていた。しかし、ハリウッドのビルトモア・ホテルは、その夜だけは煌びやかな光に満ち溢れていた。第14回アカデミー賞授賞式。華やかなドレスを身に纏ったスターたち、高らかに奏でられる音楽、そして映画への熱い情熱。ゲイリー・クーパー、ジョーン・フォンテイン、オーソン・ウェルズ…綺羅星のごとく輝くスターたちが集い、映画界の祭典を彩った。
この年、人々の心を捉えたのはジョン・フォード監督の『わが谷は緑なりき』だった。ウェールズ炭鉱の谷間で暮らす家族の物語は、ノスタルジックな映像美と心温まる人間ドラマで、作品賞、監督賞を含む5部門を受賞。フォード監督自身も、これで3度目の監督賞となり、巨匠としての地位を不動のものとした。彼は、人間の善良さ、家族の温かさ、過ぎ去りし時代への郷愁を詩情豊かな映像で表現し、激動の時代を生きる人々に、家族の絆の大切さと明日への希望を伝えたのだ。
主演男優賞に輝いたのは、『ヨーク軍曹』のゲイリー・クーパー。第一次世界大戦の英雄でありながら反戦主義者という複雑な主人公を、抑制の効いた演技で体現した。戦争の矛盾、英雄の苦悩…。クーパーの繊細な演技は、観る者の心を深く揺さぶり、戦争の悲惨さを改めて浮き彫りにした。この受賞は、彼を名実ともにハリウッドを代表する俳優へと押し上げ、後の 映画界に大きな影響を与えることとなる。
ジョーン・フォンテインは、『断崖』で主演女優賞を受賞。ヒッチコック監督の巧みなサスペンス演出の下、夫に命を狙われる妻の恐怖と不安を、繊細かつ力強く表現し、観客をサスペンスの渦に巻き込んだ。フォンテインの迫真の演技は、映画史に残る名演として、今もなお語り継がれている。興味深いことに、この年のアカデミー賞では、実の姉であるオリヴィア・デ・ハヴィランドも『Hold Back the Dawn』で主演女優賞にノミネートされており、姉妹で同じ賞を争うという、映画史に残る出来事となった。
そして、オーソン・ウェルズ。若干26歳にして『市民ケーン』で映画界に革命を起こした鬼才は、斬新な映像表現で脚本賞を受賞。映画の表現方法を根本から変えたと言われるこの作品は、今なお多くの映画人にインスピレーションを与え続けている。しかし、興行的には成功を収められず、アカデミー賞でも作品賞を逃した。これは、当時のハリウッドの保守的な体質と、ウェルズの革新的な手法が対立した結果とも言えるだろう。
作品賞
◎『わが谷は緑なりき』
『塵に咲く花』
『市民ケーン』
『幽霊紐育を歩く』
『Hold Back the Dawn』
『偽りの花園』
『マルタの鷹』
『我が道は遠けれど』
『ヨーク軍曹』
『断崖』
監督賞
◎ジョン・フォード –『わが谷は緑なりき』
ウィリアム・ワイラー –『偽りの花園』
アレクサンダー・ホール –『幽霊紐育を歩く』
ハワード・ホークス –『ヨーク軍曹』
オーソン・ウェルズ –『市民ケーン』
主演男優賞
◎ゲイリー・クーパー –『ヨーク軍曹』
ウォルター・ヒューストン –『悪魔の金』
ロバート・モンゴメリー –『幽霊紐育を歩く』
ケーリー・グラント –『愛のアルバム』
オーソン・ウェルズ –『市民ケーン』
主演女優賞
◎ジョーン・フォンテイン –『断崖』
バーバラ・スタンウィック –『教授と美女』
オリヴィア・デ・ハヴィランド –『Hold Back the Dawn』
グリア・ガースン –『塵に咲く花』
ベティ・デイヴィス –『偽りの花園』
助演男優賞
◎ドナルド・クリスプ –『わが谷は緑なりき』
ジェームズ・グリーソン –『幽霊紐育を歩く』
ウォルター・ブレナン –『ヨーク軍曹』
チャールズ・コバーン –『The Devil and Miss Jones』
シドニー・グリーンストリート -『マルタの鷹』
助演女優賞
◎メアリー・アスター –『偉大な嘘』
サラ・オールグッド –『わが谷は緑なりき』
マーガレット・ワイチャーリイ –『ヨーク軍曹』
パトリシア・コリンジ –『偽りの花園』
テレサ・ライト –『偽りの花園』
脚本賞
◎オーソン・ウェルズ、ハーマン・J・マンキウィッツ –『市民ケーン』
ジョン・ヒューストン、ハワード・コッチ、エイベム・フィンケル、ハリー・チャンドリー –『ヨーク軍曹』
カール・タンバーグ、ダーレル・ウェア –『Tall, Dark and Handsome』
ノーマン・クラスナー –『The Devil and Miss Jones』
ポール・ジャリコ –『愛の鐘はキッスで鳴った』
脚色賞
◎シートン・I・ミラー、シドニー・バックマン –『幽霊紐育を歩く』
チャールズ・ブラケット、ビリー・ワイルダー –『Hold Back the Dawn』
フィリップ・ダン『わが谷は緑なりき』
リリアン・ヘルマン『偽りの花園』
ジョン・ヒューストン『マルタの鷹』
原案賞
◎ハリー・シーガル『幽霊紐育を歩く』
ビリー・ワイルダー、トーマス・モンロー『教授と美女』
リチャード・コネル、ロバート・プレスネル『群衆』
ゴードン・ウェルスリー『ミュンヘンへの夜行列車』
モンクトン・ホフ『レディ・イヴ』
短編ドキュメンタリー映画賞
◎『Churchill’s Island』– カナダ国立映画委員会、ユナイテッド・アーティスツ
『Adventure in the Bronx』– フィルム・アソシエーション
『Bomber』– 政府緊急管理映画班
『Christmas Under Fire』– 英広報庁、ワーナー・ブラザース
『A Letter From Home』– 英広報庁、ユナイテッド・アーティスツ
『Life of a Thoroughbred』– トルーマン・タリー、20世紀フォックス
『Norway in Revolt』– ザ・マーチ・オブ・タイム、RKO
『A Place to Live』– フィラデルフィア住宅当局、フィラデルフィア住宅組合
『Russian Soil』– アムキノ
『Soldiers of the Sky』– トルーマン・タリー、20世紀フォックス
『War Clouds in the Pacific』– カナダ国立映画委員会、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
短編実写映画賞(一巻)
◎『Of Pups and Puzzles』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『Army Champions』– ピート・スミス、MGM
『Beauty and the Beach』– パラマウント映画
『Down on the Farm』– パラマウント映画
『Forty Boys and a Song』– ワーナー・ブラザース
『Kings of the Turf』– ワーナー・ブラザース
『Sagebrush and Silver』– 20世紀フォックス
短編実写映画賞(二巻)
◎『Main Street on the March!』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『Alive in the Deep』– ウゥダード・プロダクションズ
『Forbidden Passage』– MGM
『巴里の歓び』– ワーナー・ブラザース
『The Tanks Are Coming』– アメリカ陸軍、ワーナー・ブラザース
短編アニメ賞
◎『プルートの悩み』– ウォルト・ディズニー・カンパニー、RKO
『Boogie Woogie Bugle Boy of Company B』– ウォルター・ランツ・プロダクションズ、ユニバーサル・ピクチャーズ
『Hiawatha’s Rabbit Hunt』– ワーナー・ブラザース
『How War Came』– コロンビア映画
『メリー・クリスマス』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『Rhapsody in Rivets』– ワーナー・ブラザース
『Rhythm in the Ranks』– ジョージ・パル・プロダクションズ、パラマウント映画
『The Rookie Bear』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『Superman』– フライシャー・スタジオ、パラマウント映画
『ドナルドのずる休み』– ウォルト・ディズニー・カンパニー、RKO
ドラマ音楽賞
◎バーナード・ハーマン –『悪魔の金』
フランク・スキナー –『裏街』
アルフレッド・ニューマン –『教授と美女』
バーナード・ハーマン –『市民ケーン』
エドワード・ウォード –『美しき生涯』
アルフレッド・ニューマン –『わが谷は緑なりき』
ヴィクター・ヤング –『Hold Back the Dawn』
モリス・ストロフ、エルンスト・トッホ –『生きてる死骸』
エドワード・ケイ –『死霊が漂う孤島』
フランツ・ワックスマン –『ジキル博士とハイド氏』
ロージャ・ミクローシュ –『リディアと四人の恋人』
サイ・フューアー、ウォルター・シャーフ –『Mercy Island』
マックス・スタイナー –『ヨーク軍曹』
ルイス・グルーエンバーグ –『So Ends Our Night』
ロージャ・ミクローシュ –『砂丘の敵』
フランツ・ワックスマン –『断崖』
エドワード・ウォード –『Tanks a Million』
ウェルナー・リヒャルト・ハイマン –『淑女超特急』
メレディス・ウィルソン –『偽りの花園』
リチャード・ヘイグマン –『This Woman Is Mine』
ミュージカル音楽賞
◎フランク・チャーチル、オリバー・ウォレス –『ダンボ』
エドワード・ウォード –『All-American Co-Ed』
ロバート・エメット・ドーラン –『ブルースの誕生』
チャールズ・プレヴィン –『凸凹二等兵の巻』
サイ・フューアー –『Ice-Capades』
エミール・ニューマン –『銀嶺セレナーデ』
アンソニー・コリンズ –『Sunny』
ハーバート・ストサート、ブロニスラウ・ケイパー –『The Chocolate Soldier』
ハインツ・ロームヘルド –『いちごブロンド』
モリス・ストロフ –『踊る結婚式』
歌曲賞
◎「The Last Time I Saw Paris(『Lady Be Good』)」– ジェローム・カーン(作曲)、オスカー・ハマースタイン2世(作詞)
「Out of the Silence(『All-American Co-Ed』)」– ロイド・B・ノーリンド(作曲・作詞)
「Blues in the Night(『Blues in the Night』)」– ハロルド・アーレン(作曲)、ジョニー・マーサー(作詞)
「Boogie Woogie Bugle Boy of Company B(『凸凹二等兵の巻』)」– ヒュー・プリンス(作曲)、ドン・レイ(作詞)
「Baby Mine(『ダンボ)」- フランク・チャーチル(作曲)、ネッド・ワシントン(作詞)
「Dolores(『Las Vegas Nights』)」– ルー・アルター(作曲)、フランク・レッサー(作詞)
「Be Honest With Me(『Ridin’ on a Rainbow』)」– ジーン・オートリー(作曲・作詞)、フレッド・ローズ(作曲・作詞)
「Chattanooga Choo Choo(『銀嶺セレナーデ』)」– ハリー・ウォーレン(作曲)、マック・ゴードン(作詞)
「Since I Kissed My Baby Goodbye(『踊る結婚式』)」– コール・ポーター(作曲・作詞)
録音賞
◎ジェネラル・サービス・サウンド部 –『美女ありき』
ユニバーサル・スタジオ・サウンド部 –『新婚第一歩』
サミュエル・ゴールドウィン・スタジオ・サウンド部 –『教授と美女』
RKOラジオ・スタジオ・サウンド部 –『市民ケーン』
20世紀フォックス・スタジオ・サウンド部 –『わが谷は緑なりき』
ワーナー・ブラザース・サウンド部 –『ヨーク軍曹』
パラマウント・スタジオ・サウンド部 –『ひばり』
トロ・ゴールドウィン・メイヤー・サウンド部 –『The Chocolate Soldier』
リパブリック・スタジオ・サウンド部 –『The Devil Pays Off』
コロンビア・スタジオ・サウンド部 –『嘆きの白薔薇』
ハル・ローチ・スタジオ・サウンド部 –『Topper Returns』
美術監督賞(白黒)
◎リチャード・デイ(美術)、ネイザン・ジュラン(美術)、トーマス・リトル(装置) –『わが谷は緑なりき』
ハンス・ドライヤー(美術)、 ロバート・アシャー(美術)、サム・コマー(装置) –『Hold Back the Dawn』
アレクサンダー・ゴリツェン(美術)、リチャード・アーヴァイン –『砂丘の敵』
ペリー・ファーガソン(美術)、ヴァン・ネスト・ポルグレス(美術)、アル・フィールズ(装置)、ダレル・シルヴェラ(装置) –『市民ケーン』
ライオネル・バンクス(美術)、ジョージ・モンゴメリー(装置) –『生きてる死骸』
ジョン・ヒューズ(美術)、フレッド・マクリーン(装置) –『ヨーク軍曹』
スティーヴン・グーソン(美術)、ハワード・ブリストル(装置) –『偽りの花園』
ヴィンセント・コルダ(美術)、ジュリア・ヘロン(装置) –『美女ありき』
ジョン・デュカス・シュルツ(美術)、エドワード・G・ボイル(装置) –『The Son of Monte Cristo』
セドリック・ギボンズ(美術)、ランダル・デュエル(美術)、エドウィン・B・ウィリス(装置) –『When Ladies Meet』
マーティン・オブジナ(美術)、ジャック・オターソン(美術)、ラッセル・A・ガウスマン(装置) –『焔の女』
美術監督賞(カラー)
◎セドリック・ギボンズ(美術)、ウーリー・マックリアリー(美術)、エドウィン・B・ウィリス(装置) –『塵に咲く花』
リチャード・デイ(美術)、ジョセフ・C・ライト(美術)、トーマス・リトル(装置) –『血と砂』
ラウール・ペネ・デュボワ(美術)、アウティーヴン・A・シーモア(装置) –『Louisiana Purchase』
撮影賞(白黒)
◎アーサー・C・ミラー –『わが谷は緑なりき』
グレッグ・トーランド –『市民ケーン』
ジョセフ・ウォーカー –『幽霊紐育を歩く』
ジョセフ・ルッテンバーグ –『ジキル博士とハイド氏』
レオ・トーヴァー –『Hold Back the Dawn』
ソル・ポリト –『ヨーク軍曹』
エドワード・クロンジャガー –『銀嶺セレナーデ』
チャールズ・ラング –『砂丘の敵』
ルドルフ・マテ –『美女ありき』
カール・フロイント –『The Chocolate Soldier』
撮影賞(カラー)
◎アーネスト・ブラマー、レイ・レナハン –『血と砂』
ウィルフリッド・M・クライン、カール・ストラス、ウィリアム・スナイダー –『Aloma of the South Seas』
レナード・スミス、ウィリアム・V・スコール –『最後の無法者』
カール・フロイント、W・ハワード・グリーン –『塵に咲く花』
バート・グレイン –『急降下爆撃隊』
ハリー・ハレンバーガー、レイ・レナハン –『Louisiana Purchase』
編集賞
◎ウィリアム・ホームズ –『ヨーク軍曹』
ロバート・ワイズ –『市民ケーン』
ジェームズ・B・クラーク –『わが谷は緑なりき』
ハロルド・F・クレス –『ジキル博士とハイド氏』
ダニエル・マンデル –『偽りの花園』
特殊効果賞
◎ファーシオット・エドアート(撮影)、ゴードン・ジェニングス(撮影)、ルイス・メセンコップ(音響) –『空の要塞』
フレッド・サーセン(撮影)、E・H・ハンセン(音響) –『A Yank in the RAF』
ファーシオット・エドアート(撮影)、ゴードン・ジェニングス(撮影)、ルイス・メセンコップ(音響) –『Aloma of the South Seas』
A・アーノルド・ギレスピー(撮影)、ダグラス・シアラー(音響) –『大編隊』
ジョン・P・フルトン(撮影)、ジョン・ホール(音響) –『The Invisible Woman』
ローレンス・バトラー(撮影)、ウイリアム・H・ウイルマース(音響) –『美女ありき』
バイロン・ハスキン(撮影)、ネイサン・レヴィンソン(音響) –『海の狼』
ロイ・シーライト(撮影)、エルマー・ラグーザ(音響) –『Topper Returns』
アカデミー特別賞
レイ・スコット
英広報庁
レオポルド・ストコフスキー
ウォルト・ディズニー
ウィリアム・ギャリティ
ジョン・N・A・ホーキンス
アービング・G・タルバーグ賞
ウォルト・ディズニー