第13回アカデミー賞(1941年)

会場:ビルトモア・ホテル
司会:ウォルター・ウェンジャー

1941年2月27日。世界は第2次世界大戦の暗雲に覆われ、ハリウッドにもその影が忍び寄っていた。第13回アカデミー賞授賞式は、緊迫した国際情勢を反映するかのような重苦しい雰囲気の中、ロサンゼルスのビルトモア・ホテルで厳かに開催された。会場に集まった映画人たちの眼差しには、映画の未来を担うという強い意志と、戦争の脅威に対する一抹の不安が交錯していた。

式典の進行役を担ったのは、ハリウッド黄金時代を築き上げた名プロデューサー、ウォルター・ウェンジャー。百戦錬磨の彼が醸し出す威厳と風格は、張り詰めた空気を和らげ、式典に重厚な安定感をもたらした。時にユーモアを交えながら、巧みに式典をリードする姿は、映画界の未来を担う者たちへの力強いメッセージとなったに違いない。

そして、栄えある作品賞に輝いたのは、アルフレッド・ヒッチコック監督の『レベッカ』だ。ダフネ・デュ・モーリアの同名小説を原作とする本作は、サスペンスとロマンス、そして人間の心の奥底に潜む闇を、繊細かつ大胆に描いた傑作である。謎めいた屋敷、忘れられない前任者の影、そして追い詰められる主人公の心理。ヒッチコックの卓越した演出力と、ジョーン・フォンテイン、ローレンス・オリヴィエの鬼気迫る演技が、完璧なまでの緊張感を生み出す。11部門にノミネートされた本作は、作品賞と撮影賞を受賞。ヒッチコックは、名実ともにサスペンス映画の巨匠としての地位を確立したのである。

一方、最多受賞の栄誉に輝いたのは、アラン・デュカス監督の『バグダッドの盗賊』だ。視覚効果賞、美術監督賞、撮影賞の3部門を制覇した本作は、エキゾチックな冒険活劇であり、当時としては画期的な特殊効果を駆使した映像表現で、観客を未知なる世界へと誘う。カラー撮影技術によって鮮やかに描かれたアラビアンナイトの世界は、戦禍に苦しむ人々に、束の間の夢と希望を与えただろう。

しかし、第2次世界大戦の影響は、映画界にも暗い影を落としていた。多くの映画が戦争をテーマに据え、あるいは戦争の悲劇を描くようになった。映画は、社会の現実を鋭く反映する鏡となり、その影響力はますます増大していった。戦意高揚を目的としたプロパガンダ映画が制作される一方で、戦後の経済的困難や社会的不正義といった問題に焦点を当てた作品も生まれた。映画は、観客に社会問題を突きつけ、変革を促す力さえも持つようになったのだ。

第13回アカデミー賞は、世界が未曾有の危機に直面する中で開催された。映画は、人々を励まし、勇気づけるだけでなく、社会の現実を冷徹に映し出し、未来への希望を繋ぐ役割を担っていたのだ。そして、この授賞式は、映画の持つ計り知れない可能性と社会的な影響力を改めて世界に知らしめる、歴史的な転換点となったのである。

作品賞

◎『レベッカ』
『凡てこの世も天国も』
『海外特派員』
『怒りの葡萄』
『独裁者』
『恋愛手帖』
『月光の女』
『果てなき航路』
『我等の町』
『フィラデルフィア物語』

監督賞

◎ジョン・フォード –『怒りの葡萄』
ジョージ・キューカー –『フィラデルフィア物語』
アルフレッド・ヒッチコック –『レベッカ』
サム・ウッド –『恋愛手帖』
ウィリアム・ワイラー –『月光の女』

主演男優賞

◎ジェームズ・ステュアート –『フィラデルフィア物語』
チャールズ・チャップリン –『独裁者』
ヘンリー・フォンダ –『怒りの葡萄』
レイモンド・マッセイ –『エイブ・リンカーン』
ローレンス・オリヴィエ –『レベッカ』

主演女優賞

◎ジンジャー・ロジャース –『恋愛手帖』
ベティ・デイヴィス –『月光の女』
ジョーン・フォンテイン –『レベッカ』
キャサリン・ヘプバーン –『フィラデルフィア物語』
マーサ・スコット –『我等の町』

助演男優賞

◎ウォルター・ブレナン –『西部の男』
アルベルト・バッサーマン –『海外特派員』
ウィリアム・ガーガン –『They Knew What They Wanted』
ジャック・オーキー –『独裁者』
ジェームズ・スティーヴンソン –『月光の女』

助演女優賞

◎ジェーン・ダーウェル –『怒りの葡萄』
ジュディス・アンダーソン –『レベッカ』
ルース・ハッセイ –『フィラデルフィア物語』
バーバラ・オニール –『凡てこの世も天国も』
マージョリー・ランボー –『桜草の丘』

脚本賞

◎プレストン・スタージェス –『偉大なるマッギンティ』
チャールズ・ベネット、ジョーン・ハリソン –『海外特派員』
ノーマン・バーンサイド、ハインツ・ヘラルド、ジョン・ヒューストン –『偉人エーリッヒ博士』
チャールズ・チャップリン –『独裁者』
ベン・ヘクト –『紐育の天使』

脚色賞

◎ドナルド・オグデン・スチュワート –『フィラデルフィア物語』
ナナリー・ジョンソン –『怒りの葡萄』
ダドリー・ニコルズ –『果てなき航路』
ロバート・E・シャーウッド、ジョーン・ハリソン –『レベッカ』
ダルトン・トランボ –『恋愛手帖』

原案賞

◎ベンジャミン・グレイザー、ジョン・S・トルディ –『囁きの木陰』
ドア・シャリー、ヒューゴ・バトラー –『人間エヂソン』
スチュアート・レイク –『西部の男』
レオ・マッケリー、ベラ・スピワック、サミュエル・スピワック –『ママのご帰還』
ウォルター・ライシュ –『Comrade X』

録音賞

◎トロ・ゴールドウィン・メイヤー・サウンド部 –『Strike Up the Band』
コロンビア・スタジオ・サウンド部 –『Too Many Husbands』
ジェネラル・サービス・サウンド部 –『明日への戦ひ』
ハル・ローチ・スタジオ・サウンド部 –『海洋児』
パラマウント・スタジオ・サウンド部 –『北西騎馬警官隊』
リパブリック・ピクチャーズ・サウンド部 –『Behind the News』
RKOラジオ・スタジオ・サウンド部 –『恋愛手帖』
サミュエル・ゴールドウィン・スタジオ・サウンド部 –『我等の町』
20世紀フォックス・スタジオ・サウンド部 –『怒りの葡萄』
ユニバーサル・スタジオ・サウンド部 –『青きダニューヴの夢』
ワーナー・ブラザース・サウンド部 –『シー・ホーク』

短編実写映画賞(一巻)

◎『Quicker’n a Wink』– ピート・スミス、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『London Can Take It!』– ワーナー・ブラザース
『More About Nostradamus』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『Siege』– RKO

短編実写映画賞(二巻)

◎『テディ、ザ・ラフ・ライダー』– ワーナー・ブラザース
『Eyes of the Navy』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『Service With the Colors』– ワーナー・ブラザース

短編アニメ賞

◎『あこがれの銀河』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『上には上がある』– メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
『野生のバニー』– ワーナー・ブラザース

音楽賞

◎アルフレッド・ニューマン –『Tin Pan Alley』
アンソニー・コリンズ –『Irene』
アーロン・コープランド –『我等の町』
サイ・フューアー –『Hit Parade of 1941』
エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト –『シー・ホーク』
チャールズ・プレヴィン –『青きダニューヴの夢』
アーティ・ショウ –『セカンド・コーラス』
ジョージ・ストール、ロジャー・イーデンス –『Strike Up the Band』
ヴィクター・ヤング –『囁きの木陰』

作曲賞

◎リー・ハーライン、ポール・J・スミス、ネッド・ワシントン –『ピノキオ』
アーロン・コープランド –『我等の町』
ルイス・グルーエンバーグ –『The Fight for Life』
リチャード・ヘイグマン –『明日への戦ひ』
リチャード・ヘイグマン –『果てなき航路』
ウェルナー・リヒャルト・ハイマン –『紀元前百万年』
アルフレッド・ニューマン –『快傑ゾロ』
ロージャ・ミクローシュ –『バグダッドの盗賊』
フランク・スキナー –『The House of Seven Gables』
マックス・スタイナー –『月光の女』
ハーバート・ストサート –『哀愁』
フランツ・ワックスマン –『レベッカ』
ロイ・ウェッブ –『ママのご帰還』
メレディス・ウィルソン –『独裁者』
ヴィクター・ヤング –『アリゾナ』
ヴィクター・ヤング –『暗黒の命令』
ヴィクター・ヤング –『北西騎馬警官隊』

歌曲賞

◎「星に願いを(『ピノキオ』)」– リー・ハーライン(作曲)、ネッド・ワシントン(作詞)
「Down Argentine Way(『遥かなるアルゼンチン』)」– ハリー・ウォーレン(作曲)、マック・ゴードン(作詞)
「I’d Know You Anywhere(『You’ll Find Out』)」– ジミー・マクヒュー(作曲)、ジョニー・マーサー(作詞)
「It’s a Blue World(『Music in My Heart』)」– チェット・フォレスト(作詞・作曲)、ボブ・ライト(作詞・作曲)
「Love of My Life(『セカンド・コーラス』)」– アーティ・ショウ(作曲)、ジョニー・マーサー(作詞)
「Only Forever(『Rhythm on the River』)」- ジェームズ・モナコ(作曲)、ジョニー・バーク(作詞)
「Our Love Affair(『Strike Up the Band』)」– ロジャー・イーデンス(作詞・作曲)、アーサー・フリード(作詞・作曲)
「Waltzing in the Clouds(『青きダニューヴの夢』)」– ロベルト・シュトルツ(作曲)、ガス・カーン(作詞)
「Who Am I?(『Hit Parade of 1941』)」– ジュール・スタイル(作曲)、ウォルター・ブロック(作詞)

美術監督賞(白黒)

◎セドリック・ギボンズ、ポール・グロッシー –『高慢と偏見』
ライオネル・バンクス、ロバート・ピーターソン –『アリゾナ』
ジェームズ・バセヴィ –『西部の男』
リチャード・デイ、ジョセフ・C・ライト –『Lillian Russell』
ハンス・ドライヤー、ロバート・アシャー –『囁きの木陰』
ジョン・デュカス・シュルツ –『My Son, My Son!』
アレクサンダー・ゴリツェン –『海外特派員』
アントン・グロット –『シー・ホーク』
ジョン・ヴィクター・マッケイ –『暗黒の命令』
ジャック・オターソン –『The Boys From Syracuse』
ヴァン・ネスト・ポルグレス、マーク=リー・カーク –『ママのご帰還』
ルイス・J・ラックミル –『我等の町』
ライル・ウィーラー –『レベッカ』

美術監督賞(カラー)

◎ヴィンセント・コルダ –『バグダッドの盗賊』
リチャード・デイ、ジョセフ・C・ライト –『遥かなるアルゼンチン』
ハンス・ドライヤー、ローランド・アンダーソン –『北西騎馬警官隊』
セドリック・ギボンズ、ジョン・S・ディトリー –『Bitter Sweet』

撮影賞(白黒)

◎ジョージ・バーンズ –『レベッカ』
ガエタノ・ゴーディオ –『月光の女』
アーネスト・ホーラー –『凡てこの世も天国も』
ジェームズ・ウォン・ハウ –『エイブ・リンカーン』
チャールズ・ラング・Jr –『囁きの木陰』
ルドルフ・マテ –『海外特派員』
ハロルド・ロッソン –『ブーム・タウン』
ジョセフ・ルッテンバーグ –『哀愁』
グレッグ・トーランド –『果てなき航路』
ジョセフ・ヴァレンタイン –『青きダニューヴの夢』

撮影賞(カラー)

◎ジョルジュ・ペリナール –『バグダッドの盗賊』
オリヴァー・T・マーシュ、アレン・M・デイヴィ –『Bitter Sweet』
アーサー・C・ミラー、レイ・レナハン –『青い鳥』
ヴィクター・ミルナー、W・ハワード・グリーン –『北西騎馬警官隊』
レオン・シャムロイ、 レイ・レナハン –『遥かなるアルゼンチン』
シドニー・ワグナー、ウィリアム・V・スコール –『北西への道』

編集賞

◎アン・ボーチェンズ –『北西騎馬警官隊』
ハル・C・カーン –『レベッカ』
ウォーレン・ロウ –『月光の女』
ロバート・E・シンプソン –『怒りの葡萄』
シャーマン・トッド –『果てなき航路』

特殊効果賞

◎ローレンス・バトラー(撮影)、ジャック・ホイットニー(音響) –『バグダッドの盗賊』
ジャック・コスグローヴ(撮影)、アーサー・ジョンズ(音響) –『レベッカ』
ポール・イーグル(撮影)、トーマス・T・モールトン(音響) –『海外特派員』
ファーシオット・エドアート(撮影)、ゴードン・ジェニングス(撮影)、ローレン・ライダー(音響) –『Dr. Cyclops』
ファーシオット・エドアート(撮影)、ゴードン・ジェニングス(撮影)、ローレン・ライダー(音響) –『タイフーン』
ジョン・P・フルトン(撮影)、バーナード・B・ブラウン(音響)、ジョセフ・ラピス(音響) –『The Boys From Syracuse』
ジョン・P・フルトン(撮影)、バーナード・B・ブラウン(音響)、ウィリアム・ヘッジコック(音響) –『The Invisible Man Returns』
A・アーノルド・ギレスピー(撮影)、ダグラス・シアラー(音響) –『ブーム・タウン』
バイロン・ハスキン(撮影)、ネイサン・ロビンソン(音響) –『シー・ホーク』
R・T・レイトン(撮影)、R・O・ビンガー(撮影)、トーマス・T・モールトン(音響) –『果てなき航路』
ハワード・J・ライデッカー(撮影)、ウィリアム・ブラッドフォード (撮影)、エリス・J・ザッカリー(撮影)、ハーバート・ノルシュ(音響) –『Women in War』
ロイ・シーライト(撮影)、エルマー・ラグーザ(音響) –『紀元前百万年』
フレッド・サーセン(撮影)、E・H・ハンセン(音響) –『青い鳥』
ヴァーノン・L・ウォーカー(撮影)、ジョン・O・アールバーグ(音響) –『新ロビンソン漂流記』

アカデミー特別賞

ボブ・ホープ
ネイサン・ロビンソン

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