会場:アンバサダーホテル
司会:コンラッド・ネーゲル
1932年11月18日、映画の都ハリウッドは、華やかな祭典に沸き立った。サイレントからトーキーへと移り変わる激動の時代、映画産業はまさに新たな章を迎えようとしていた。第5回アカデミー賞は、そんな時代の転換点を象徴する、歴史的な一夜となった。
栄えある作品賞に輝いたのは、MGM製作の『グランド・ホテル』。ヴィッキー・バウムの小説を原作に、ベルリンの一流ホテルを舞台に、様々な人生を背負った人々が織りなす群像劇である。グレタ・ガルボ、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォードといった、当時の銀幕を彩るスターたちが集結し、その豪華絢爛なアンサンブルは観客を魅了した。本作の受賞は、トーキー映画の持つポテンシャルを世に知らしめ、映画史に燦然と輝く金字塔を打ち立てた。音声技術の発展により、俳優たちは表情だけでなく、声色や間、息遣いすらも演技の一部として表現できるようになった。本作は、この新たな表現手段を最大限に活用し、登場人物たちの内面をより深く、よりリアルに描き出すことに成功している。
監督賞は、『バッド・ガール』を手がけたフランク・ボーゼイジの手に渡った。貧しい家庭に育った若い男女の恋と葛藤を描いた本作は、洗練された映像美と緊迫感あふれる演出、そして俳優たちの迫真の演技が一体となり、観客を物語の世界へと引きずり込む。サイレント時代から活躍していたボーゼイジ監督は、トーキー映画という新たな表現媒体を見事に使いこなし、その才能を遺憾なく発揮。芸術性とエンターテイメント性を高い次元で融合させる手腕は、ハリウッド黄金時代の到来を予感させた。
主演男優賞は、『ジキル博士とハイド氏』のフレドリック・マーチと、『チャンプ』のウォーレス・ビアリーが同時受賞するという、アカデミー賞史上初の出来事が起こった。マーチは、善良な医師ジキルと邪悪なハイドという2面性を持つ難役を見事に演じ分け、その演技力は絶賛を浴びた。一方、ビアリーは、落ちぶれたボクサーが息子との絆を取り戻そうとする姿を描いた感動的なドラマで、観客の涙を誘った。2人の同時受賞は、選考過程での激論の末に決定されたという。この出来事は、当時のアカデミー賞がいかに真剣に映画芸術と向き合っていたかを物語っている。
主演女優賞を受賞したのは、『マデロンの悲劇』のヘレン・ヘイズであった。彼女は、ブロードウェイで活躍していた舞台女優であり、本作が映画デビュー作であった。ヘイズは、夫に裏切られた女性が復讐を企てるという役柄を、繊細かつ力強い演技で体現し、映画界でもその才能を鮮やかに開花させた。ヘイズの受賞は、舞台と映画の境界を越えて、優れた演技が正当に評価されるようになったことを示している。また、トーキー映画の登場により、俳優たちは声の表現力も求められるようになり、舞台経験を持つ俳優たちが映画界に進出する機会が増えた。
トーキー映画の登場は、映画表現の可能性を飛躍的に広げ、ハリウッドは世界中の観客を魅了するエンターテインメントの聖地へと成長を遂げた。また、スタジオシステムの確立は、映画製作の効率化と質の向上を実現し、数多くの名作を生み出す礎となった。第5回アカデミー賞は、こうした映画界の変革期における重要な節目として、後世に語り継がれるであろう。それは、サイレント映画からトーキー映画へ、そしてハリウッド黄金時代へと続く、映画の新たな幕開けを告げる夜だった。
作品賞
◎『グランド・ホテル』
『人類の戦士』
『バッド・ガール』
『チャンプ』
『特輯社会面』
『君とひととき』
『上海特急』
『陽気な中尉さん』
監督賞
◎フランク・ボーゼイジ –『バッド・ガール』
キング・ヴィダー –『チャンプ』
ジョセフ・フォン・スタンバーグ –『上海特急』
主演男優賞
◎フレドリック・マーチ –『ジキル博士とハイド氏』
ウォーレス・ビアリー –『チャンプ』
アルフレッド・ラント –『近衛兵』
主演女優賞
◎ヘレン・ヘイズ –『マデロンの悲劇』
マリー・ドレスラー –『愛に叛く者』
リン・フォンテイン –『近衛兵』
原案賞
◎フランセス・マリオン –『チャンプ』
ルシアン・ハバード –『都会の世紀末』
グローヴァー・ジョーンズ、ウィリアム・スレイヴァンス・マクナット –『歓呼の涯』
アディラ・ロジャース・セントジョン、ジェーン・マーフィン –『栄光のハリウッド』
脚色賞
◎エドウィン・J・バーク –『バッド・ガール』
パーシー・ヒース、サミュエル・ホッフェンスタイン –『ジキル博士とハイド氏』
シドニー・ハワード –『人類の戦士』
美術監督賞
◎ゴードン・ウィルス –『大西洋横断』
ラザール・メールソン –『自由を我等に』
リチャード・デイ –『人類の戦士』
撮影賞
◎リー・ガームス –『上海特急』
レイ・ジューン –『人類の戦士』
カール・ストラス –『ジキル博士とハイド氏』
録音賞
◎パラマウント撮影所サウンド部
MGMサウンド部
RKOサウンド部
ウォルト・ディズニー・プロダクションズ
ワーナー・ブラザース・サウンド部
短編アニメ賞
◎『花と木』
『ネズ猫合戦の巻』
『ミッキーの子沢山』
短編映画賞(コメディ)
◎『ローレル/ハーディの音楽箱』
『Scratch-As-Catch-Can』
『The Loud Mouth』
短編映画賞(ノベルティ)
◎『闘う魚族』
『空中曲芸』
『Screen Souvenirs』